映画「降りてゆく生き方」スタッフブログ~おそらく毎日更新~

武田鉄矢主演映画「降りてゆく生き方」を広げるために活動するスタッフ・ブログ

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「縦」のつながり

こんにちは、アキオです。

本年4月に上映で沖縄を訪れ、現地の方にお話を伺っていた時のことです。

Aさん 「明日、うちはしーみーなんだー。」
アキオ 「しーみー、ですか?」
Aさん 「そう、しーみー。」

そこで、沖縄には「しーみー」という風習があることを知りました。

「しーみー」とは、親族一同が墓前に集い、お墓にお酒や料理を供えて御先祖様を供養し、皆でわいわい料理を食べて、歌い踊って酒盛りを楽しむ集いだそうです。

アキオ 「そうなんですか。 どの位の方々が集まるんですか?」
Aさん 「そうだなー、150人くらいかなー。」
アキオ 「!!!」

びっくりです。

僕の家系は、五代先の御先祖様が明治の時代に北海道に入植し、以来その土地で代々農業を営んできました。
そういった歴史が文献に残っていたり、祖父や祖母から話を伺っていたものですから、家の歴史をある程度知っているつもりでいました。

ところが沖縄では、十代先くらいの御先祖様については誰でも知っているそうです。

その話を聞いて思ったのは、「沖縄の方々と接するなかで感じる温かみとは、自らの歴史を知っていることにあるのではないか」、ということです。


自分とは、偶然ポッと出てきた存在ではありません。
途方も無い時間軸の中で、脈々と続く御先祖様の存在があって初めて誕生した自分です。
そうすると、いまここに存在する自分とは、これまで何十代、何百代と続いてきた御先祖様の歴史の最前線に位置する存在です。

また、そういった意識で考えると、自分ひとりの存在が自分ひとりではありません。
ひょっとすると、いわゆる「自分ひとり」、という概念すらないのかもしれません。

そして、自分と同様に、自分以外の人間もそれぞれの歴史、物語を持つことを認識すると、他人との接し方が変わってくることも必然です。
誰もが互いの歴史、物語を認識、尊重することができれば、互いを貶めたり、
あたかも自分ひとりでこの世を生きているような厚顔無恥、無知蒙昧な思考に至ることはないのかも知れませんね。


「つながり」といえば、社会的な「横」のつながりをまず連想しますが、歴史的な「縦」のつながりも意味深いものです。
誰もが社会的な「横」のつながり、そして歴史的な「縦」のつながりが複雑に絡み合うその接点で生かされています。


来週もまた沖縄に行ってまいります。 
素晴らしい出会いを求めて。

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