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武田鉄矢主演映画「降りてゆく生き方」を広げるために活動するスタッフ・ブログ

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無肥料自然栽培とは?

こんにちは、アキオです。

ただいま北海道では、無肥料自然栽培に関わる方々が中心となり、映画「降りてゆく生き方」の上映を展開してゆこう!という話が持ち上がっています。


無肥料自然栽培といえば、僕も実家が農家だったこともあり、農業については充分に知ったつもりでいたものです。
そんな僕が、初めて無肥料自然栽培という概念と出会ったとき、まったく意味がわからなかった、どのようにその言葉を捉えてよいのかわからなかったことを憶えています。

いま振り返ると、それは、「肥料が作物を育てる」、という固定観念に無意識に囚われていたからでしょう。


過剰な栄養分に依存することなく、過剰に擁護されることなく、自らの力で土に根を張り、根を伸ばし、自らの力で栄養分を取り入れる無肥料自然栽培の作物は、慣行栽培の作物と比べ、自らに宿る生命力が違います。

無肥料自然栽培の作物は、たとえ異常気象に曝されようと、病気の猛威に見舞われようと、広く深く張った根のお陰で、厳しい自然条件に真っ向勝負を挑んだお陰で、その危機に屈服することなく、自らの生命力でその危機を克服し、より強く成長してゆく糧とします。

一方で、肥料を与えられた慣行栽培の作物では、与えられた過剰な栄養分が原因で作物自らが広く深く根を張らないために、農薬による過剰な擁護によって外敵を排除するなかで育てられたために、危機と戦う力が備わっていません。


この状況は、作物に限らず、人間の成長においてもまったく同じことが当てはまるのではないでしょうか。

自らの頭で考えることなく知識のみを詰め込み、蓄えた人間は、たとえテストで良い点が取れたとしても、たとえ良い学校に進学し、良い会社に入社したとしても、実社会の厳しい現実の前に打ち砕かれることが往々にあります。

それに対して、甘やかされることなく自らの頭で考え、行動し、経験を積んだ人間は、未知なる難題に対しても自らの力で乗り切る力が備わっています。

過剰な栄養分、過剰な保護が生命力を喪失させる、という点においては、作物も人間も何ら変わりがありません。


そう考えると、無肥料自然栽培とは、単に安心・安全な作物をつくりあげる優れた農法に留まりません。

無肥料自然栽培を通じて自然の摂理を認識、理解し、農業はもちろん、教育、企業経営、福祉、まちづくり、政治...あらゆる分野において無肥料自然栽培の概念、体験を適用し、自然の摂理に則って実践することにこそ、自然栽培の本当の意義や発信力があるのではないか、そう思います。


その中で一番大切なことは、
ひとりひとりが自然栽培の 作物のように自分自身を捉え、自分自身を成長・進化させることができるのか、ということを個々人それぞれが考え、自らが実践することであり、その中でしか本質的な変革はない、ということを僕は映画を通じて学びました。

奇跡のリンゴ」の木村秋則さんがよくおっしゃる「人間ルネッサンス」が指し示すのも、そういうことではないでしょうか。

そうすると、「全員がリーダー」であり、「全員が本当の生き方・自然栽培の伝道師」であるのです。 


映画を通じて志ある仲間を増やし、
共に思いを深めてゆきたいですし、それが実現可能である!ということを、これまでの上映活動から強い手ごたえを感じています。
そんな活動を、自然栽培の最高の師である木村秋則さんから学び、
自然栽培の最高の地のひとつである北海道から始動してゆく...
これほどまでに素晴らしく、心躍ることは他にはありません。 

無肥料自然栽培を通じて、ぜひ、北海道の皆様と共に、大きな変革に繋げてゆきたい、そう強く願う次第です。


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