映画「降りてゆく生き方」スタッフブログ~おそらく毎日更新~

武田鉄矢主演映画「降りてゆく生き方」を広げるために活動するスタッフ・ブログ

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「子供のために」

こんにちは、アキオです。

今日も昨日もそして明日も、とにかくたくさんの方々との「出会い」と「対話」に恵まれている毎日を過ごしています。 

まさに旅人です。


さて、先日のプレ上映での話です。
その日は10名程度の参加者がいらっしゃって、そのひとりに、大学生の息子さんを持つお母さんがいらっしゃいました。
お母さんは、息子さんの将来をとても心配されている様子でした。 

「息子が社会に出て、自立できるかが心配なの...」
「息子が自立するために、私には何ができるのかしら...」

混沌としたこんな時代です、お母さんが子供の将来を憂えるのも当然だと思います。

そんな時、僕はふと自分の母のことを思い浮かべました。


僕は高校卒業後、18歳でアメリカに単身留学しました。 
自分で言い出したことなので、僕はひとり心躍る毎日です。 

その一方で、僕がそんな突拍子もないことを言い出したその日から、母親はきっと心配で心配でたまらない毎日を過ごしていたことでしょう。
そりゃそうです、別に英語が話せたわけでもありませんし、アメリカに行ったことすらない僕ですから。 

ですが、お陰で僕は生きる苦労を味わい、生きる喜びを体感しながら、10年以上に渡ってアメリカで貴重な経験を積む機会に恵まれました。

それもこれも、母の「黙って見守る」という大きな支えのお陰です。
本当に頭が上がらない気持ちでいっぱいです。


僕自身がそうだったのですが、親の心配、不安は、言葉にせずとも確実に子供に伝わります。
そうすると、誤解を恐れずに言えば、子供は親の顔色をうかがい、機嫌をとるように行動するようになります。
そうやって子供は親に囚われてゆきます。

お利口さんな子供であればあるほど、です。

子供が親の心配、不安に囚われているなんて、親はまず意識しないでしょう。

ですが、そう考えると、親のあり方が見えてきます。
子供の自立のためには、まずは親自身が自らの心配、不安を把握し、脱却しなければならないのでしょう。

つまり、親の自立こそ、子供の自立なのかも知れません。
そうであるとするならば、「子供のために」というのは実は親のエゴ(あるいは「自分の都合」の言い訳)で、それよりもまずは「自分が人としてどうありたいのか」ということを追及することこそ親の真の役目ではないでしょうか。

そのためには「出会い」と「対話」を重ね、真の自分に気付いてゆくことしかないと思います。
まさにプレ上映がその場です。 

ぜひ、語り合いましょう。 
プレ上映の場でお待ちしています。 

| 映画で出会った仲間 | 01:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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